IQと投資能力の関係について

はじめに

脳と相場のポリリズムの考察をきっかけにIQと投資能力に関係が見られないか疑問を持った。今後の投資活動において何かヒントになるものはないか少し考えてみようというもの。

以下の二つをテーマに進めていく。

〇投資家のIQは高いのか
〇IQと投資能力に関係はあるのか

結果によって考察は紆余曲折するかもしれない。決して私個人が「IQと投資能力には関係がある!」と断言している訳ではない事を先に記しておく。

どのように検証を行ったか進めていく上で「そもそもIQとは何なのか」という認識を統一したい。できるだけ簡単に。IQとはまずそんな事から始まる。

IQは知能指数という。知能とは何なのか。ある研究者は「知能が高いとは?」を人々にアンケート調査を行い、結果、知能の認識は文化圏によって異なる事が分かった。更には研究者によっても定義は様々という。そこでエドウィン・ボーリング氏は当時の心理学に操作主義を持ち込み、以下のような言葉を残している。

『知能とは知能テストが測ったものである』

操作主義

「長さとは何か」を議論するのではなく、ある特定の物差しを当てて測る手続きを記述して、定義に置き換えた。

IQってホントは何だ?より引用

 

IQ算出方法の考え方は主に二つある。まず一つは、生活年齢(実年齢)と精神年齢の比を基準としたIQの算出方法。二つ目は、同年齢集団内での位置を基準とした標準得点としての「偏差知能指数(Deviation IQ, DIQ, 偏差IQ、偏差値知能指数)」がある。難しい。

簡単にまとめる。
前者:多くの人が認知しているIQ算出法
後者:出現率でIQを割り当てる算出法

以上の二つ。
前者は生活年齢に対してどれだけ精神年齢が発達しているかという指標に過ぎない。被験者の殆どが成人者である事が予想される中でこの方式は適正とは言いがたい。また「精神年齢」を定義し、「この問題を解けたらどうして精神年齢が高いの?」と疑問を持つ人を納得させなければならない。

対して後者は分かりやすい。
出現率とは便利なもので、例えばIQ110(SD15)の出現率は約四人に一人、地球上の総人口の上位25.2%にあたる。(SDについては後述する)100人の被験者がいれば25位付近に位置し、10000人いれば2520位付近に位置する。つまり、あらかじめIQ110という席が決まっており、被験者Aを上回った人がいれば被験者Aは降格する。偏った高いスコアが続出した場合、皆が優秀というより、偏ったスコアを出したテストの信憑性をまず疑わなければならない。場合によってはその高い平均値として出たIQを基準にした上で進めていく必要がある。

この類の話では、「こんな問題でIQを測定できる訳がない!」という意見が現れる。しかし、自分よりスコアが高い人に対しては、”自分よりスコアが高い事が確定”しているので、「この問題に関しては〇位(IQ〇〇)である」のは事実として受け入れなければならない。

最近ではこの算出法が主流となっている事もあり、今回はこれを採用する。IQの指標として世界的に最も使用されるウェクスラー成人知能検査(WAIS)は、今回採用する偏差知能指数によって算出されている。つまり、上記の後者(偏差IQ)にあたる。

先ほど小出しにした「SD」とは標準偏差の事で”ばらつき”具合を示すもの。SD15とは15ポイントのばらつきを許容するとかそんな解釈でいいと思う。

IQで使われるのは主に「SD15」「SD16」「SD24」。この値が小さければ小さいほど正常値の基準が狭くなるのでIQは低めに出るが、これは表記の問題であり、意味や希少性に影響する訳ではない

MENSA(メンサ)という団体をご存知だろうか。

高知能団体を謳う組織だが、入会するにはIQ131以上が必要とか、いやIQ148以上だとか、メディアは結構いい加減な表現をしているが、これらは「SD」が違う事によって生じるもの。それらに対してメンサ側はあくまで「人口の上位2%」としている。

これがSD15だとIQ131、SD24だとIQ148に相当するので世間では勝手な解釈で認知されているが、どれも間違いではない。

一般的にIQの算出はSD15を採用しているものが多く、ここではSDの表記は省略するが、以下全てのIQはSD15とする。

 

前置きが長くなったが、今回のIQの測定はノルウェー・メンサのHPから拝借したサンプルで検査を行った。その内容は、現在IQテストで主流となっているレーヴン漸進的マトリックス(=行列推理)で構成されている。 これは幾何学図形の法則性を問うもので、特別な知識や言語理解を必要とせず、国際的に極めて公平性が保たれた状態で検査を行う事ができる。つまりそれは多くの被験者のもとで洗われたテストという事を示している。

また、著書『知能のパラドックス』では一般知能(演繹的・帰納的に推理し、抽象的に考え、類比を使い、情報をまとめ、新たな領域に応用する能力)との相関が最も高いと強気に記している。

 

仮説

投資をする目的は資産を「増やす」「守る」ため。この二つから投資家を構成する層を考えてみる。

①お金を増やしたい、または増やさなければならないと考えている層

実生活の不安や不満が強く、現代社会に生きづらさをより感じている人達と推測する。
総人口のIQ分布は以下の(表1) 正規分布の通りとなるが、投資家の分布はこの正規分布から左右にばらつくんじゃないか(表2)。中央値100±15(1σ)区間外へどのくらい”はみ出すか”を観測する。

表1 正規分布

 

表2 投資家のIQ分布予想

②リスク分散のため資産を守る投資をしている層

すでに社会的成功を収めていると考えられる層。IQが生涯年収や学歴に相関がある事が事実だとすると、この層が平均を押し上げると見る。以上から、投資家の平均IQは一般より高く、更にばらつきが大きいと予想

 

仮説2

IQスコアが投資能力に及ぼす影響

今回の検査で使用する行列推理のパターン分析と、相場におけるチャート分析が類似していると感じ、行列推理のスコアに比例して投資成績も良くなるんじゃないか。その両者の分析パターンを以下に簡単にまとめた。

図1行列推理

テストの大抵は縦軸か横軸で法則性を持っているが、この問いの落とし穴は、縦横どちらを見てももっともらしい正解に辿り着いてしまう事。

ヨコで見ると、①黒+白=黒、②白+黒=黒、③黒+黒=白 三つの情報しかなく、白+白=?は③の不確定な法則により同色反転と判断しかねない。

しかし、タテで見ると白+白=白の情報がきちんと含まれているのが分かる。黒は白に反転するが、白は白のまま。何ともひっかけのようなこの性質を排他的論理和とか言う。

 

図2チャートパターン

相場でも囲碁でいう定石のようなものが存在する。それらしいものを当てはめてパターン化するというのが大凡のやり方。

ある時間足では上昇トレンドを示唆するが、更に大きい時間足では下降トレンドの最中だったりする事がある。一つの視点では足元を掬われかねない点など、上記のパターン認識と非常に近い作業である事から、脳の同じ部位に負荷が掛かっている可能性を個人的には推してみたい。

この事から、行列推理によるIQスコアが高い人は投資でも良い成績を残しているんじゃないか※チャート分析は人の数だけ存在するので具体例は控える。

 

仮説3

男女差と投資成績

一般的には、投資は女性の方が向いているという見解が多い。私もそうだと思う。男性に強いとされる野心や勇気というものは投資にはマイナスに働くんじゃないか。※男性脳女性脳らしきものがある前提で述べている。また、投資は保守的であるほど「負けにくい」という主観のもとで判断。あくまで予想なので。

しかし、積極的じゃないと(機会に試行しないと)「大きく勝てない」のは確かなので、プラスかマイナスかでいうと女性に分があると思うが、収支のパフォーマンスなら全く違った結果になると予想する。今回はパフォーマンスの調査をしていないのでココで検証はできない。

 

検証

本題の検証内容に入る。
IQテストを投資家100名、一般100名の計200名に実施。上の仮説のようにIQによって投資成績に差は出るのか。また、投資家と一般被験者のIQに差はあるのかを検証。

統計を取るにあたってまずは最も大切な定義付け。

  投資家:投資活動を一度でも行った人。デモを含む。商品の違いは問わない。
一般被験者:投資家じゃない全ての人。

こんな感じでいく。

 

一般被験者には性別のみを訊ねたが、投資家には以下の項目を埋めてもらった。

①投資経験年数
②収支 + or –
③投資スタイル(時間軸)
④性別
⑤職業 (任意)

①一年刻みで集計。一年未満は0年として扱う
②細かいトータル収支は集客に影響が出るので断念。
③主に「スキャルピング」「デイ」「スイング以上」の三つに分けた。複数のスタイルを持つ場合、スタイルが主観(被験者)のもとで定まっていない場合は取引している各スタイルに一人としてカウントした。

例:スキャル〜デイの二つを行う人はスキャルピングとデイの合計人数に一人としてそれぞれカウント。

④性別で脳の思考パターンはそれぞれ異なると言われるが投資に性差は現れるのか。また女性投資家の割合はどのくらいなのか。

 

被験者は、私が個人的に身の回りに声を掛けただけでは「私の身の回り」という母集団ができる。これはある種の偏りを生みかねないので、なるべく多くの人を巻き込んで被験者を募り、結果99%を面識のない人達で構成する事ができた。

しかし、被験者は全て無作為に選ばれた訳ではなく「受験を希望した人」と「選ばれて受験した人」の両者が存在する。そこに明確な線引きはされていない。”統計”の表現を用いるには、余計なバイアスが無いフラットな条件のもとで行いたかったが、現実的にイチ個人ができる調査の限界だったとご理解いただきたい。とはいえ数万人規模で行われる調査では、学校施設を通したりなどほぼ半強制、つまり無作為に抽出できるが、中には「ちょうど受けたかった人(受験を希望する人)」の存在も織り込んでいる。

今回の調査は、これらと比べても余程の偏りは無いと思われるが、ある程度のゆらぎが起こる可能性は考慮しなければならない。以上、様々な要因から正確な理論値を導き出すのは困難となった。

 

IQの補正について

現代の日本人平均IQは105とされているので、ここで受験した一般100名の平均と日本人平均IQの乖離を補正する事によって今回テストの信憑性を上げるものとする。

本来であれば総人口の平均IQは100になるように構成されているので、この平均IQ100と比較するべきだが、今回はすでに(おそらくほぼ)日本人で構成された母集団が出来上がっているので、こっち(日本人平均IQとの比較)の方がより正確といえる。

なぜ今回テストが総人口の平均IQから乖離する前提で進めるのかについてはフリン効果を挙げたい。フリン効果とは、人類が様々な要因(栄養・文化等)から年々IQが上がっているというもの。つまり今回テスト作成時点の総人口平均IQ=現代人平均IQとは限らない。全員がIQ120を出せばそこをIQ100として再計算する必要がある。

 

以下の例を見て欲しい。

例1 一般被験者平均IQデータ

一般被験者平均IQ114
被験者a IQ120
被験者b IQ118
被験者c IQ105
被験者d IQ84
被験者e IQ99
被験者f IQ101
被験者g IQ145
被験者h IQ140

以上の結果になった場合、「今回のテストが甘かった」と考えるのがIQの性質上自然といえる。その乖離を埋める計算式は以下の通り。

一般平均IQ – 日本人平均IQ = A

全被験者IQの実測値全てにAをマイナスし補正値とする。それは偏差をイメージしている人には違和感があるかもしれない。補足すると、仮説で説明した通りIQの分布はほぼ正規分布となり、中央(IQ100)から離れれば離れるほどその希少性は加速度的に増していく。

IQ100とIQ110の出現率の差は1/2人と1/4人の違いしかないが、IQ170とIQ180の差は1/653330人と20741300人ほどの開きがある。例えるなら、地球の中心に向かって穴を掘り進むといずれ空気が鉄のような抵抗を見せるように、IQも中央値から離れるほどその重みは増す。しかしそれは概念的な考え方であり、今回のテストは何問中何問正解かによってスコアリングされているので、中央に近い値から遠い値まで同じレベルでスライドさせる事にした。

よって上記例1の補正は以下例2の通り。

例2 日本人平均と一般平均の乖離の補正

 

 

結果

補正値を求めるためにまずは一般被験者100名の平均IQから。結果はIQ112.88となった。
よって以下の補正が行われる。

一般平均IQ 112.88 – 日本人平均IQ(IQ105) = 7.88

A= 7.88

このAを実測値全てにマイナスする。
テスト結果から7.88を引いた値が大凡のIQだろうというのがココでの考え方。しつこいようだが全体の平均は常にIQ100でなければいけないので、平均がIQ113のままという事は性質上あり得ない。

 

結果1

投資家のIQは高いのか

 

表3 一般被験者と投資家

一般被験者:IQ105.00
       投資家:IQ112.53

正答率でいうと10%前後の開きがあり、「投資家である」と「IQの高さ」には0.29の相関が見られた。統計学的には弱い相関があるという事になる。一般的な相関係数の目安を下に貼っておく。

表4 相関係数

IQの目安では、IQ115で「一般的な学校のクラスイチ秀才レベル」と言われているので、投資家平均IQ112というのは、感覚的にはクラスで2〜3番目くらいの人の集まりという感じなんだろうか。

そもそもIQ115の出現率は1/6.3人なのに何故クラスで一番? 6.3/40人で6人くらいは居るんじゃないの?と思う人も居るかもしれない。そこで無作為抽出される確率と上位○%の差を認識したい。

例えば、ただの1/40(2.5%)とは、冬休み明けに学校に行った時、いきなりクラスの日直にされるレベルの確率となる。授業中に名指しされ教科書を読まされるのも同じ。これは割とあるあるだと思う。※後者は試行回数の多さに注意。

一方、上位2.5%は偏差値でいう70弱にあたり、学力(大学別)でいう東京大学(67.5〜72.5)程度にあたる。スポーツを例に挙げると、甲子園に出場できる高校(全国平均)は上位1.25%程度。

これらをIQに換算すると上位2.5%=131以上、上位1.23%=IQ134以上となる。「普通のクラスから東大や甲子園に行く人ってそう簡単には出ないよなぁ。まして自分が目指すとなると」と考えれば上位〇%の重みが分かる。

話は逸れたが、以上の事から投資家IQ112はそこそこ高いと言える。
気をつけなければならないのは、知能は(環境が平均的な水準を保てれば)遺伝的なものとされているので、高いIQが一因で投資家になったとしても、投資家から被験者を抽出するとIQが高い傾向にあるだけで、投資家になったからそれにIQが追従して高くなるという関係には無い。

表5 ほぼ正規分布(総人口IQ)との比較

曲線にすると他の分布が汚くなるのでこれで我慢して欲しい。

一般平均IQと総人口IQにズレがあるのは、総人口は平均IQ100を基準とするが、対して一般平均IQは日本人平均IQ105となるのでこのズレは正しい。

 

仮説表2『投資家平均IQの分布予想』の「中央値100±15(1σ)からどのくらいはみ出すか」を計測。
正規分布の1σ区間内は全データの68.27%である事に対し、投資家が一般平均の1σ区間内に収まったのは64%となった。この値が小さいほど投資家のIQにばらつきが大きいと言えるが、この結果ではそのような特徴は見られないと言える。つまり投資家のIQは一般平均IQよりは高いものの、同じような分布である事が分かった

 

米ウィスコンシン州(1992-1994)の職業別IQランキングを参考に「投資家」はどの辺りに位置するのか見てみる。

表6 職業別IQの一覧表

このグラフの見方は、その職業の人が100人居るとすると、IQの高い順に並べて11位~25位を右端のブロック、そこから右から順に26~50位、51~75位、76~90位、計4つのブロックで構成されている。分布の端(上位10%と下位10%)を切り捨てているのは、平均化するために突出したIQを数えないようにしているため。

 

結果2

IQは投資成績に影響するのか

表7 収支別平均IQ

収支+:IQ113.85
収支-:IQ111.07

数値的には若干の差こそあるように思うが、相関は0.11。つまり統計はIQと投資能力に相関関係は無いと示した

先ほどの結果1から、投資家はそのIQの高さから投資家になったとしても、それは「なるべくしてなった」とは少し違うのかもしれない。

例えば、外に出て視界に入った人を捕獲し、投資をやらせようと思い先にIQを計測しても、(現時点では)その結果からその人の投資成績の傾向を予測するのは不可能だという事になる。

では他のデータに何か成績に影響しているものはないか探してみたい。

 

結果3

男女比率と性差

仮説『男女差と投資成績』を見るためにはまず投資家を構成している男女比率から出さなければならない。

表8 投資家(100名)男女比率

男性:84%
女性:16%

100人の中に女性は16人しか居なかったという事になる。一つのサンプル(被験者)を構成しているのは6択35問から成るテストなので、コイントスほどのゆらぎが起こる可能性は低いが、信憑性が著しく下がるのは承知願いたい。

 

次に男女別の投資成績を見てみる。

表9 投資家男女別勝率

男性:勝率47.6%
女性:勝率75%

「女性」と「勝率」の相関は0.2。統計的には若干女性優位のギリギリ弱い相関ありを示しているが、サンプルの少なさからここから崩れる可能性はいくらでもある。※この相関は(おそらく)偶然によって成り立っている事が後の結果で分かった。

ここで男女別IQも見てみる。

表10 男女別平均IQ

男性:IQ112.86
女性:IQ109.76

若干男性優位に見える。今回テスト(行列推理)によって問われるものは流動的な推理能力にあたり、元々男性が得意とする(IQってホントは何なんだ?より)事を踏まえればこれくらいの差は自然なのかもしれない。テストの種類によっては更に差が広がる事もあれば、逆転する事もある。※一般被験者の男女別でも同様レベルの差が見られた。

女性が投資成績において優位である一方、IQスコアは男性優位の結果となった。この事からも、IQによる投資成績への影響があるとは考えにくい

 

結果4

表11 投資スタイル(時間軸)と勝率

デイが頭一つ低いように見える。
これも結果3『男女別勝率』と同じように別の要因が強く影響している。

 

結果5

表12 投資スタイル別IQ

スキャル:IQ111.40
  デイ:IQ112.52
スイング:IQ113.6

有意と言えるような差は見られなかった。集計始めはそれらしい傾向を観測できたがデータが増えると収束してしまった。
相関なし。つまり、これから投資を始める人にIQテストを受けさせても、そのスコアによって投資スタイルの傾向を予測するのは不可能という事が分かった。

 

結果6

表13 投資年数と勝率

今回の調査項目で一番成績に影響を与えたのは投資年数だった。「収支」と「年数」の相関は0.35。1~2年の間で大きく勝率が上がっている。気になるのは3~4年の間に唯一谷ができている。

各市場のチャートを見てもらいたいが、その期間の相場にふるいをかけるような特別大きな動きがあるようには思えなかった。もしかするとこの3~4年の期間は心理的節目として何か機能するものがあるのかもしれないが、今回のデータ上では、例えば、その期間に「スタイルが変わる傾向にある」など兆候のようなものは見られなかった。

この期間以外は年数に応じて右肩上がりで勝率は上がっていく。注意すべきなのは、長く相場に触れているから勝てるのか、勝てるから退場せずにいられるのか、それはどちらの要素もあると思うが、ハッキリした所は分からない。ただこのデータからは、2年生き残れる資金管理をしていれば生存率は上がるだろうという逆算的な考え方ができる。

上の結果3『男女別勝率』にて女性優位な事、結果4『スタイル別勝率』にてデイの勝率が低いという誤った認知を招いたのがこの投資年数。これらを踏まえてもう一度見てみる。

 

結果7

表14 男女別勝率と年数

この表の「女性」からは、勝率が高いと同時に年数も高い事が分かる。相関係数的に、収支に対して年数>性別が成り立っているため、この勝率の高さは年数によって引き上げられているものと考えられる。

つまり、女性だから勝率が高いというより、女性に投資年数が高い人が偏っていた(偶然かどうかはココでは分からない)から勝率が高くなっていたという可能性が大きい。全く別の要因〈投資年数〉によって相関を持ってしまったもの。

 

結果8

表15 スタイル別勝率と年数

グラフが反転して申し訳ない。

結果4『投資スタイル(時間軸)と勝率』ではデイが頭一つ低いように見えたが、「年数」と併せて見ると、デイの勝率の低さは年数の低さが影響しているものであり、年数比率で考えるとスキャルの勝率の高さが目立つようになった。

また、年数を重ねるとスイングに移行する傾向が見られるが、それが勝率の高さに与える影響はスキャルほどではない事が分かった。

注意しなけらばならないのは、十分なサンプル量によるスキャルとスイングの同年数の比較をしなければ、それらは統計的には十分な材料と言えないままだという事。

 

結果は以上。

 

考察

IQと投資成績に直線的な相関は見られなかったが、(偶然でなければ)一つ矛盾を残ってしまったデータがある。

表16 IQグループ別勝率と年数

IQを上位20%、40%、60%、80%、100%の5つ(20名毎)にグループ分けした。このグラフを見る限り上位40%までは年数の割に勝率が明らかに高い。直線的な相関には無かったが、IQが一定水準を超える事で勝率に良い影響を与える場合があるんじゃないか。

しかし、「長く相場にいる事で勝てるようになる」「勝てるから長く相場で生き残る事ができる」とすると、上位80%の生存率の高さ(勝率及び年数)に対する、「上位20%、40%の年数の低さ(すなわち生存率の低さ?)」が上の「IQによる好影響」では説明がつかない。

つまり、「IQ高い人は勝ってるのになんで長生きできないの?」という疑問が生まれる。10年後にデータを取ったとしても同じようなグラフを描いているとしたら、IQが高い人は勝率が高いままだが、人が入れ替わっている(10年前の人はいない)のに対して、IQが低い人はそこそこの勝率を維持しながら生き残っているという事になる。

※上位80%を相対的にIQが低いと表現したが、この域は分布的には総人口の中央付近にあたるので決して低くはない。

 

上の矛盾について3つのパターンを考えた。

 

単なる誤差や偶然

多分これ。

 

IQが高い人は勝ち逃げしている

可能性はゼロではない。

 

IQが高いと陥るギャンブラーの誤謬

IQが高いとギャンブラーの誤謬に陥りやすいという統計データがある。ギャンブラーの誤謬とは例えば、コイントスで表が偏って出た場合、次こそは裏だろうと信じてしまう確率的思考の歪み。つまり逆張り。IQが高い人はその傾向にあると上のリンク先では言及され、また、IQが高い人はギャンブラーの誤謬に陥りやすい一方で感情による意思決定力が低いとも検証結果で出ている。

似たような話で、意思決定論の観点から意思決定モデルの一つプロスペクト理論を挙げたい。

プロスペクト理論

人間は目の前に利益があると、利益が手に入らないというリスクの回避を優先し、損失を目の前にすると、損失そのものを回避しようとする傾向(損失回避性)があるということである。(Wikipedia引用)

つまり感情が物の価値を歪めてしまう現象の事。

 

整理する。

「IQが高い人はギャンブラーの誤謬に陥りやすく感情による意思決定力に”負の相関”がある」のならば、「IQが低い人は感情による意思決定力が高い」という事になる。つまり、感情が支配する意思決定モデルであるプロスペクト理論とは、IQが低い人が陥りやすい傾向にある現象なんじゃないか

これら要素を併せて検証している文献は見当たらないのであくまでココの仮説でしかない。以下の図を参照に。

図3 ギャンブラーの誤謬とプロスペクト理論

これらが正しければ、ギャンブラーの誤謬に陥った人は逆張りを繰り返し、プロスペクト理論に陥った人は利益に対して損切りができない。すなわち、両者ともトレンドに弱い事になる。

この事から、分布の端にいるIQが高い人(=ギャンブラーの誤謬)とIQが低い人(=プロスペクト理論)に対して、IQ分布的に偏っていない上位80%(総人口の中央付近)(精神構造が安定した人?)の安定した勝率と投資年数は納得できなくもない。

それでもIQが高い人の勝率は説明できない。仮説1のように『平均を押し上げる何らかの層』が今回観測できなかったどこかに隠れているんだろうか。そうするとここまで辻褄を合わせる事ができるし、逆に全てがひっくり返る可能性もある(マジか)。

相場におけるギャンブラーの誤謬とプロスペクト理論の意思決定のパラドックスに続く「三つ目」が存在すれば、そしてそれが理論として明確に手にできれば、私たちの投資活動にも少しは良い影響がありそう。

 

 

おわりに

 

フリン効果

上で説明したフリン効果(人類が様々な要因により年々IQが上がっている現象)が今回の年数で見るデータに起きている可能性があるかもしれない。投資年数を経ているという事は実年齢もそれだけ重ねていると考えられるので、加齢による流動的知能の低下が事実であったり、今の若い現代人の(このテスト形式による)IQが高ければ、「投資年数が高い→IQが低くなる傾向」は説明できる。

 

サバンナ原則

上で紹介した『知能のパラドックス』で扱われているもので、簡単に説明すると、「映画で感動できるのは脳が映画を作り物だと認識できないから。現実世界と脳のギャップと言える。生きていく中で問題解決能力が発達した知能が高い人はそのギャップが小さいだろう」というもの。このサバンナ原則が(コレに対して私は懐疑的)それなりに正しいとすれば、本書では紹介されていないが、プロスペクト理論もその一つであると考える事もでき、上のモデルを支えてくれる論証となり得る。

 

専業投資家は投資家全体の9%で、平均IQは補正値で120.312。カテゴリ別では一番高い記録になった。

正規分布でいう異常値(3σ)に出たのは全体の2%(4/200)。投資家に3人、一般に1人。(-3σ)に出たのは全体の1%(2/200)投資家に0人、一般に2人。

実測値でIQ130を超えた辺りから少し特殊な人が多いように感じた。現役東大生、京大卒、研究者、医師、会社経営、専業投資家、大手エンジニア、MENSA会員、ルービックキューブを高速で揃える人など。

 

 

ギャンブラーの誤謬に陥りやすい人が居たとする。その人が取るべき行動は、それに陥らないような手法を持つべきなのか、むしろそれを軸にした心地良い手法にするべきか、それは各々で検証するしかないが、今回のIQテストの結果から自分自身の知らない側面を見出すための一助になれば嬉しい。

検証データを100名というのは少し急ぎ過ぎたかもしれない。また仮説を練って1000人くらいを目標にやってみたい。より良いデータにするために、主観や余計なバイアスが入らないように観測者として”綺麗な”データ収集を心掛けていきたい。今回でも何か見落としている点などがあればご指摘いただきたい。そうやって少しずつ良いデータになれば私としても嬉しい。

テストの制限時間25分に説明を含めたら一人当たり30分はかかっている。30×200=6000分。6000/60m(時間)/8h(1日)=仕事量にして約12.5 日。土日を挟むと約2週間と2.5日分をご協力をいただいた事になる。大したお返しもできず、この場で申し訳ないが改めて感謝したい。

 

参考文献

http://www.health-net.or.jp/tyousa/index.html

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/journals/

https://gigazine.net/news/20150304-human-smarter/

http://www.waseda.jp/prj-intelligence//

http://greyenlightenment.com/iq-and-morality-iq-and-job-performance/

知能のパラドックス
サイエンスフィクションに近い。学術的なモノではないが、このサバンナ原則は読んでいて面白い。

IQってホントは何なんだ?
日本に浸透している誤ったIQの解釈について最初から最後まで怒っている本。

なぜ人類のIQは上がり続けているのか
フリン効果の人。現代的なIQの切り口は今後の基礎基本となりそう。より学術的でアクビが出るような内容だが、IQに関心がある人にはまずこれをオススメしたい。

チャーリーのブログ
データサイエンティスト。ココで書いたIQに関する基礎分析を支えてくれる。また出現率等の多くのデータを参照させて頂いた。

 

上記リンクの数々、文献に携わる全ての人に敬意を表したい。なお、この記事のリンクは一切アフィってないので気にせず好きなだけ踏んでもらいたい。

 

 

AIの潜在能力と相場の未来

 

AI(人口知能)による金融市場への影響について。

彼ら(AI)の台頭に怯える人は多い。
「投資で人はAIに勝てない」とか「アルゴに刈られた」のような話は絶えない。じゃあなぜ勝てないのか、どうすれば刈られずに済むかという所まで議論はなかなか及ばない。それは知らないから。この話の根源は知らない事への恐怖から来るものであり、神格化された天災のような彼らの実体に少しでも近づけないか考えてみたい。

AIが市場に介入しだすとどうなるのかと話を進めるにはまず織り込み済という概念を持ち出したい。

織り込み済とは、情報として世に出る頃には全て片付いているという考え方。

インターネットが軍事的に利用するために開発されて世に出てきた説は有名だ。現代では金融戦争やサイバーテロというコトバがあるように争いのフィールドが移りつつあり、AIが世界一巨大なマーケットである金融市場にすでに乗り込んでいる、というより、もはや金融市場を支配するために進化したモノである可能性すらあると個人的には思う。リターンは計り知れない。

考えられるのはこうだろうか。

『一日当たりの取引高数兆ドルを超える市場を操作し、金融システムそのものを操る事も可能とする』

*Wikipediaによると2016年時点、外国為替市場のみで6.5兆ドルを超える

このような潜在能力を持つAIは今どこまで来ているのか。

中央銀行である日本銀行(通称:日銀)のホームページにはこんな記載がある。

ショートプレゼンテーション:市場におけるAIの活用と今後の可能性

これは複数あるパネルリスト中の一つ。

元々、人工知能に明確な定義はなく、ここでは「人工知能≒古典的統計学以外の計算機での演算手法全般」としている。
金融関連でよく使われるものでは、テキストマイニングディープラーニングなどを主力に挙げている。これらの技術はより人間の脳に近くなったと表現するより、近年、ハードウェアの性能の向上によって大量のデータを脳の並列処理に似せたモノで処理できるようになってきたという方が近いのかもしれない。考察は後述するが、現段階ではハードウェアがソフトウェアを押し上げている状態ともいえる。

主に市場へのアプローチを一言で説明するならこんな感じになる。

テキストマイニング:文などから要素の抽出
ディープラーニング:分類により傾向を探る

具体的には、経済指標や要人発言など(以下、イベント)から要素を抽出し、過去の大量のデータと照らし合わせ瞬時に傾向を判断、注文を通す。などを行う事が可能になる。

どこかで聞いた事があると思えば、私たちの馴染み深いアルゴリズムと呼ぶもの。通称アルゴだ。彼らこそAIであり、常にトレーダーの悩みのタネとなってきたが、しかしこれはもう市場や私達の意識の中でも「織り込み済」だ。今さら改められても空返事しかできない。ではAIなんて驚くに値しないのか。

これまでは現段階のAIの話であり、これからどうなっていくのか、それにどう対峙していくのか考えてみたい。

AIの今後について、上の資料には次のように記されている。

将来的には中期(2〜3年)までも人間による投資戦略がシェアを失いつつある

これはファンダメンタルズの精度向上を示し、これまでの「優位性を得る」という考え方から、「予測性を手にする」という方向にシフトしつつあるという事だ。聖杯を手にするとは違う次元にある予測性。それは常に絶対を追求するもの。以上からこの性質を持つAI完成後の市場について段階を追って考える。

まずは現在、市場には無数のAIが存在していると仮定する。
イベントによってAIは値(答え)を導くが、個々に能力差があり計算結果は異なる。それがほんの誤差だとしてもゼロ(フラットな目線)をまたぐと、買いと判断するモノも売りと判断するモノもいる(プラスかマイナスか的な意味で)。だから売買は交錯する。更にその動きを狙うAIも出現するようになる。

イマココ(注1)。

つまり現段階では、予測性を手にする一歩手前まで来ていると予想する。
市場が大きな変化を見せずとも、参加者など(体系的なもの)は少しずつ変わっているのだろう。

 

そしてこれからの事。
大きく二つの可能性に分けてみる。

①ハードウェアは伸びるがソフトウェアが頭打ちになる

おそらく近い将来はここが壁になる、またはなっていると考えた。
これからは有限である市場データをどれだけ早く処理できるかを争い、いずれその差は演算結果の速さ、すなわち注文を通す速さのみとなる。

それすらもいずれはスペックは横並びになり、世界に点在する各AIの能力差は無くなり、答えが揃い偏った注文で市場の値はワープし、イベントのボラティリティ上昇に繋がる。また、イベントが無いと導くものも無いのでイベント外のボラティリティは低下。

データは常に更新し続けるので、EMA(指数平滑移動平均線)のように、より近いデータを重視する概念がある限りその傾向は加速する。

AIは明確な予測性を持ったので管理はコストが掛かるファンドマネジャーじゃなくてもいい。こうして彼ら人間は自然と減る事になる。

それでも今まで明確な優位性を示してきた優秀な者は独立。歴史になぞらえると、組織から追い出された者はヘッジファンドとして活動し始めるだろう。AI vs HFなどと勝手な構図で煽るメディアも出てくるかもしれない。

疑問が一つ。決済(反対売買)について。

イベントによりAIは傾向を予想するレベルを越えた正確な答えを導く。その結果、何を持って答えを正しいとするのか。次の経済指標か。だとすればそのイベントを待った方が良いのか、利確して次の不確定に起こりうるイベントを期待した方が良いのか。後から振り返るとその方が回転効率的に良かったという可能性は常に存在する。

問題は続き、市場の動きもイベントとする場合。
イベントからAIが答えを導いて注文を通し、市場が大きく動いた瞬間、それが新しいデータになる。例えば、ドル円が100円から120円にワープした時、「現レートは100円である」という情報から「現レートは120円である」という新しい状況に書き換えられる。更にそれを取り込むと…どうなるの?

一つ明確なのはどこかで決済(反対売買)はしなければならない事。
「どこかで必ず利確する」という絶対的な条件がつくだけで、それは100年後かもしれないし1秒後かもしれない。その時点で瞬間的な注文と決済が交錯する可能性は十分にある。今決済して後から入り直そうという回転効率的な概念がある限りそれは免れない。

瞬間的な注文が飛び交う可能性があるという事は、それを考慮した能力を持たなければならない。この段階では予測性より優位性の方が重視される。

未来を見据えた的確なファンダメンタルズによって注文を通しても、目の前の投機的な動きでどこまでも逆行する可能性はゼロじゃない。つまりどんなに優れた分析能力を持つAIでも絶対ではないので、エラーを想定しどこかで逃げる選択肢を持つ必要がある。絶対ではない限り、そのシグナルは大衆心理(テクニカル)の域を出ない。

AIも結局はテクニカルに沿うしかないのか。テクニカルには敵わないのか。それはその時、テクニカルを優位性とするヒトが参加者として成立するかどうかで証明される

つまり色々経た上でイマココ(注1)に戻る。

また、次のようにも考えられる。
現在がこの状況である可能性も否定できない

 

今回の考察はここに集約するものだと考える。
「ニワトリが先かタマゴが先か」のように「消えるのはヒトが先か、大衆心理(テクニカル)が先か」というもの。一方がある限り、もう一方も存在し続ける。現段階のAIですら大衆心理(テクニカル)をシグナルとして利用する価値がある事は、上の優位性>予測性の力関係で説明がつく。

今の私たちに出来る事は、思い通りにいかない相場に対して「これはAIのせいだ」と降参する事じゃない。
テクニカルやそれ以外の優位性が示せる何かを存在維持するための考察や検証だ。

 

②ソフトウェアも伸びる場合

これはもう想像すら難しい。
マーケットの外で起こる事象が大きすぎて、つまり外的要因によって市場が成立しなくなるという可能性が高いと考える。

具体的には、AIが人間の判断を超えた段階で政治判断などを任されれば、現在の金融システムそのものをひっくり返した世界を良しとして人類を導いてくれるかもしれない。そこにはマネーの総量、ドルがいくらだの、国債だの、これらを存在させてもらえるのかは誰にも分からない。

人工知能は考えるほどよく分からない。
私たち人間の知能を超えるという事は、彼らを私たちが生きる社会の枠組みの中で処理しようとすると様々なパラドックスが生じる。2045年問題(シンギュラリティ:技術的特異点)がいい例だ。

 

よく挙げられる人類滅亡論がある。
私達人類を敵とみなし排除したり、または奴隷扱いするなど。これらは歴史上、ヒトの間で小さな格付けの中で行われた事であり、ヒトと人工知能の間に大きな差が生まれればどうなるだろう。例えば私達は無闇に猿を殺したりしない。

自分達の知能より劣ると認識してる猿を。劣るからだとも言える。自分達の存在を脅かさないから。その他生物も同様に、倫理観、自然界のサイクルなどから保護したり、過剰繁栄もそれなりに無視し続けている。

また、私達は創造を尊いモノとし、創造主(神など)であるとか色んな事象に感謝してきた。それにより宗教・科学が発展した。
現在は人間にも多少なりとも知能に差はあるが、なんとか共存できている。とりあえず現段階では。

 

以上は全て私達の出来事であり、私達はそれを理解できる。
AIを私達の理解におさめても、彼らより劣る私達を無闇に殺傷するメリットは謎だし、何なら創造主と感謝されてもおかしくはない。

機械が意識を持つとどうなるかには、性善説・性悪説などがあるので簡単な議論はできない。膨大な情報量を持つインターネットに意識があるかどうかさえ確認できない(無いと断言できない)時点で私達の理解の限界はずっと近くにある。今後AIはその理解の遥か外に出るとされている。

色んな可能性がゼロじゃないというだけで、人類を消し始めるというのもその一つ。例えば隣人が急に私を殺したくなったというようなものだ。

滅亡説を唱えるならば、論点は、もっと早い段階に来ると思われる、AIを組み込んだ人間と普通の人間の対立。受け入れる者とそうでない者。「自分が自分でなくなるとは死を意味する」と考える者も居るだろう。

対して、意識を持つイチ人間がヒトを超越した場合、自分より劣る人間をどう見るのか。私怨があれば蹴飛ばしたくならないか。そっちのがよっぽど私達に想像しやすい暗い未来だと感じる。

以上の出来事を踏まえても、遺伝的アルゴリズムのように自然淘汰を経て、いずれはAIと統合した人間だけが残るかもしれない。しかしその前に争いが起こる可能性は十分にある。 それで滅亡というのなら私達でも容易に想像できる。

更にその先を行く私達に理解できないAIについては、とりあえずは彼らと一つになった新しい人間に任せたらいいんじゃないかと思う。

 

 

レンジの定義が無い理由。脳と相場のポリリズム。

まえがき。

結論から言うと、レンジは手を出すべきじゃないという内容。

トレンドフォローが殆どの手法を占めている現代では当たり前に言われている事だ。トレードをするにもこの認識だけで十分だと思われる。

しかし損切りが続くとどうだろう。
今まで通りの手法を今まで通りのメンタルのまま守れるだろうか。

じゃあ20連敗したら?
思わずレンジに手を出したくならない?

と、色んなパターンを想定しても今日の平常心が保たれている自分で答えは出せない。
そんな状況に立たされた時、その判断力は手法の特性の認識、相場認識の差で決まると私は信じている。

今回は投資界隈で常識とされるレンジは手を出すべきじゃないを出来るだけ分解してみたい。子どもがおもちゃをバラバラにするような感じで。

 

多くの人がトレンドフォロー、レンジオプション的戦略で分かれている。

更にその殆どはトレンドフォロー。
右も左も分からない頃からトレンドには逆らうなと私たちは教えられてきた。

教材に、ブログに、SNSに。

『●●相場にミセスワタナベまたも逆張り』

的な見出しを目にすることは多いが、これは抱えられた含み損の集合体であって戦略とは言いがたい。

基本的にトレンドフォローを順張り型、レンジ戦略を逆張り型とされるが、ここで論じたいのはどちらが優位かというものではなく、相場環境に適した手法を執っているか、また手法に適した相場環境を把握できているかという点から入っていきたい。

 

手法に逆張りという状況がある。

例えば、レンジの最中に移動平均線(以下、MA)をなみ縫いしたチャートを描いている時、トレンドフォローの花形である『MAのタッチで逆張り』を繰り返せばその度に損切りを迫られる可能性が高い。
また、レンジ相場に上限と決めた所で売るのはチャート的には逆張りだが手法には順張りという考え方。

画像1 MAをなみ縫いしたチャートの例

手法の特性を把握できていなければどんなに優れたモノも武器にも凶器にもならない。
優位性も劣位性も無ければ、スプレッド分(手数料分)負けていくだけだ。

特性とは手法が活きる環境とそうでない環境の認識。結婚でいう「病める時も健やかなる時も」だ。
他人の手法が使い物にならないという通説は、単純にその手法の事を知らないからで説明がつく。

包丁は一般的に料理で使用する道具だが、殺人犯が手に取る時は武器として見ている。

目的が変われば結果が異なるのは何に置き換えても同じだ。

 

全ては環境認識に始まる。

環境とは相場状況。その判断基準はファンダメンタルズ的な材料だったり、テクニカル的なチャートの形成(形勢)だったり、人によって両者の比重は異なる。

目的は環境を認識するのであり、私が特に注意しているのは上か下か判断するものではないというもの。戦略を立てる際、予定した時間軸で動くとは限らないからだ。

「さあトレードするぞ!」と姿勢を正して市場に臨むと、脳は「エントリーするぞ!さあ上か下どっちだ?」と無意識に都合の良い材料を探し始める。

テクニカルなりファンダなり、これまでの脳のストック(経験)から買いだの売りだの大雑把に判定する。このとき口からは「なんとなく、相場観」的な言葉が出てくる。こうなれば好材料以外をインプットしなくなる。

そんなのよっぽどポジティブな人だろうと思うが、むしろ逆で、市場に資金と自信を取り上げられたばかりのネガティブな状態ほどこの心境に陥りやすい。

人は追いつめられると環境認識に割く時間すら惜しくなる時もある。資金と自信だけでなく機会すら失うことを何よりも恐れてしまう。

今日まで機会損失というコトバで多くの人が犠牲になってきた。対して、一日中無心でチャートを眺めていられる人も存在する。余計なバイアスが無くフラットな気持ちで臨む環境認識と、トレードをする前提で目を見開き姿勢を正した環境認識。

たかが気持ちの問題が明日の運命を決めるのは市場においては日常の一つ。

 

本題のレンジとトレンドに移りたい。

レンジは非常に難しい。動意付いた市場が何かに引き寄せられるように動いていくトレンドに対して、レンジとはそれ以外と私は考えている。

「それ以外」とはトレンドじゃない全ての動きを指す。ファンダメンタルズなど材料が全く無い、または材料同士が打ち消し合いエネルギーが拮抗している状態を指す。私的。

*私は全てのトレンドが材料の初動(インパクト)だと考えているので、そのインパクトが消えた状態をレンジとしている。
トレンド継続の二波に続けば、それは材料のエネルギーが続いているとする。

また、大衆心理による投機的な買われすぎ売られすぎという考え方がある。

しかしそれは「いつ買われすぎるか」という予想は立てられず過ぎてしまった後に「今回は買われすぎた」と感じる事なので、この現象は確率の偏りの範疇と処理する。

一般的かどうかは知らないが、よくあるレンジの認識とは、高値を上限、安値を下限としたボックスを作り、その中でラリーしている状態を指す事が多い。

画像2 ボックス内をラリーするレンジの例

話を進めるためとりあえずこの画像2を一般的なレンジの定義とする。

そして私の意見はこの「トレンド以外」をレンジと認識すると上では書いた。この考え方は一般的なレンジの認識とは若干異なる。

しかしトレンド以外では抽象的すぎるので戦略や手法を立てようがなく何の意味もない取り決めだ。
これをきちんと整理し、一般的に、大衆に、何でもいいが少しでも多くの人が納得できる解釈を示す必要がある。
個人的にもレンジを定義し、そこから戦略や環境認識のヒントにならないか考えてみたい。

まず先に、あまり好ましくないが、上の「一般的なレンジ」を否定する形から入りレンジらしく定義の上限を広げていこうと思う。

一般的なレンジはボックスを作るとあるが、その最中でも小さな揉み合いがあり、つまりボックスの中にボックスを作る場合がある。

ということは現在、上限・下限を定めているボックスも更に大きいボックスの中に存在している可能性も考慮しなければならない。マトリョーシカを思い出される。

 

例えば高値圏での揉み合い(高止まり)はブレイクアウトを期待してしまうが、しかしこの時ボックスを出たと思えば上位のボックス圏に移っただけという場合もある。上がった値はレンジなのでまた下に戻っていく。さっきのボックスを忘れたかのように通過する事もある。

しかし上限を広げたらすぐに下限を広げるとは限らない。上に50pipsブレイク後に戻したからといって、次は下に50pipsブレイクするとは限らない。
上に二日かけて上限を伸ばしたからといって、戻した時に下限を広げるのに二日かかるとも限らない。

要するに値幅・期間ともに対称性は全く保証されていない。ボックスからボックスへの移動に規則性を見出せないのならトレードは控えるべきだと考える。

画像3 ボックスからボックスへの移動例

下の画像4のようにV字を描いて戻していく場合も多々ある。折り返し地点を中心とした綺麗なVの字。
中心点の左側を参考に売買が行われる。これは市場の動意付いた動きと相違ないと私は認識している。

つまりトレンドの一つだ。上限や下限、同じラインで反発し、また別のラインを目指していく。意識された値に引き寄せられるエネルギーである事に変わりはない。

画像4 V字を描きボックス内を行き交うトレンド

以上からまとめると、

①ボックス間の移動は気まぐれに起こり得る。
②折返し地点を中心とした対称性は保証されない。
③明らかに意識された②はトレンドに分類する。
④ ①、②、③はいつでも起こり得るものとする。

ランダムそのものがレンジであるという認識に近い。

このランダムの中にはもちろん非ランダム(規則性)が見られる場合もある。例えば、円周率の中に9がn個連続したとしよう。その連続した9の部分だけを切り取ると確かに「9が連続している」という規則性を持つが、全体(円周率100兆桁など)でみるとほんの気まぐれ、確率論でいう偏りでしかない。

ランダムは非ランダム(偏り)が入る余地すらランダム。これは上でいう②と③に当てはまる。このランダム間に非ランダム(規則性)が内在するという考え方は疑似相関に詳しい。

*現在円周率はランダムと証明された訳ではない。また、小数点以下762桁目に9は6個連続し、564,665,206桁目には9個連続する。

ボックスのマトリョーシカの中で利益を生むのは簡単な事ではない。それはボックスを移動するかどうかさえランダムである可能性を上で説明した。

ヒトはチャートを見た時、脳のメモリから似た形を引っ張り出し目の前のチャートと照合する。この時、規則性を持つ形はいくらでもストックできるのに対し、ランダムはランダムとしか脳は認識できない
目の前のランダムウォークしたチャートを過去に当てはめる事ができないのだ。それができればそういう形の規則性と認知するので当たり前だ。

また規則性を持たないと記憶出来ないのは脳のメモリ容量(短期記憶)の問題もあるだろう。コンピュータを例に挙げると分かりやすい。

とある二つの数列(九桁)のデータ容量で考えてみる。

“999999999”を保存するには「9を9個」と圧縮できる。繰り返し処理的なコンピュータ演算の考え方でもある。

一方で、”011235813″(ランダム)の数列を保存するには、そっくりそのまま”011235813″と保存する必要がある。

データが大きくなるほどこの容量差は開いていく。
ヒトの脳はこういった効率の悪いデータは見たり聞いたりしたそばから抜け落ちていく。奥にしまい込む前に。

しかし、脳のスペック的に規則性を見つけられるかどうかには個人差があるので、レンジ(ランダム)と認識する範囲もまた人次第という事になる。

例えば、上にランダムとして挙げた”011235813″が実はフィボナッチ数列であると見た瞬間に感じる人も世の中には存在する。そういう人にはこの数列が一つの規則性を持つデータとして処理できている事になる。

更に稀な例として、24時間データを更新し続けるランダムなチャートをランダムのまま記憶できる人の存在も否定できない。

*規則性という観点から市場のチャート分析は、一般的なIQ(知能指数)を計測するレーヴン漸進的マトリックスに非常に似ていると個人的に感じる。
ヒトのIQと投資能力に相関や因果関係はあるのか、知能というタブー視された角度からのアプローチもまた違った形で詳しく調べて書いてみたい。

こういった個人差が、長年の相場の歴史をもってしてもレンジを明確に定義できない一因になっていると推測する。「ココをこうやってこうして、ココがこうなって、ココからココまでがレンジです」と言われても大抵の人は理解できない。

上で勝手に決めた一般的なレンジの定義のようなカンタンな説明(良く言うと研ぎ澄まされた説明)のみが広まるのも自然な流れなのかもしれない。

結局のところ、トレンドとレンジを判断する基準は人次第とした。明確な定義は無いので、自分で基準を作らなければ何の判断も下せない。
機械的にインジケーターやオシレーターをシグナルとするのか、ファンダメンタルズによって判断するのか、両者を用いるのか手法はそれぞれ自由だ。

迷うなら誰かの手法をとりあえず使ってみるのもいい。それでオリジナルが出来上がればいい。仮説をもってしか前に進めない学術的な新しい理論のようなものだ。もちろん誰かの手法が肌に合うならそのまま使い続けてもいいし。

理屈ばかりこねてもウンザリすると思うので(私も)、次の記事では実践的で応用的な、もはや「これさえあれば勝てる!」的な内容を書いていきたい。上でいう仮の手法を置いていくつもり。

どれだけ細かく分解し理解を深められるかは私の説明にかかっていると思うのでもうしばらく時間が欲しい・・・。

 

投資と投機とギャンブルについて

これらの違いについて考えたい。

投資と投機では明確な定義が無いのでココでは次のように定義する。

投資:将来期待できそうなモノに資本を投下するもの。配当、金利、優待を得つつ育てる等

投機:短期的な価格変動を機会と見なし利ざやを得ようとするもの

投機は元々仏教用語らしい。
禅宗で師家と弟子の機(はたらき)が一つになる事。また修行者が大いなる悟りを開く事。転じて、機会をうまく得ようとする意味となり、更に偶然の利益・幸運を狙う行為を表すようになった。
ユライカ引用

こんな感じでいく。

私自身は、この界隈に触れた頃すでにデイトレードで行く気だったので投機という言葉を知りしだい投機と表現するようになった。投資家を名乗り否定されるのが面倒だったのが一番の理由。世間では「投機?ナニソレ?」となるので身の周りには普通に投資と伝えていた。

今では自身の中で両者に明確な違いは無い。なのでこれから説明する際に使う投資・投機の表現は一般的にの意味合いである事を覚えておいて欲しい。

私を含め、ココを見る殆どの方のメインはFXや先物などデリバティブ寄りが多数だと思うが、これら(デリバティブ)は問答無用に投機物である事は承知の上だろう。そんな私たちは総じて投機家だ

対する投資家は、不動産や株式など実体があるまたは実体に限りなく近いもの(現物)を長期で扱う。彼らは私たち投機家を格下に見ている事も少なくない。ちょっとしたサプライズ(情勢等)で目の前の小動きに右往左往する投機家はやはり滑稽に見えるのだろう。もちろん必ずしもそうとは限らない

世間的にも、家に篭ってデイトレードなんかよりマンション経営をしていた方が印象はいい。転売のように利ざやを抜くだけなのは何も経済的ではない。流動性?そんなもの知ったこっちゃないというように一般的にはまだまだこんなもので、ズルイ人という負荷価値が加わり、親に経済的に依存する無職(ニート)より社会的地位は低かったりする。ゼロより後方のマイナスだ。

しかしよく考えてみると、リスクを背負い資本を膨らまそうとする行為である事に両者で違いはない。

きっと遥か昔は上記全ての行為を投資と分類されていた。当時は何と表現したか知らないが。こだわりなく状況に応じて利ざやを得たり長期で金利を確保したりしてきたのだろう。そんな中でとある投資家が、短期取引のつもりが思わぬ含み損を抱えてしまい、その焦りによって自己防衛やら正当化から投機を投機として区別しだしたと予想する。こんな短期の売買なんぞけしからんぞみたいな。

それとは別にマーケットをかき乱しているのも私たち投機筋だという声もある。
短期で大きなレバレッジをかけて売買を繰り返し、それを追うようなアルゴリズムまで出現したとされている。しかしこれらの点については真反対の意見もある。

例えば投機そのものである「空売り」の概念。1950年代、ヘッジファンドの親 A・W・ジョーンズが現在の金融市場に持ち込んだ(または普及させた)と記憶しているが、彼らヘッジファンドは、この様な反対売買が成り立つ事でより相場は安定すると主張した。私たち投機家が過度なボラティリティを防ぎ流動性に貢献している。という意見もあるのだ。

*空売りの歴史は古くからある。江戸時代には米価が空売りによる相場操作で市況が悪化し、後に様々な米騒動等を招いたという記録もあるらしい。こうして見るとやはり投機家は歴史的にもヒール役か。

投資や投機に限らず、基本的にリスクを取る人の立場は弱い。失敗すれば「そら見たことか」と叩かれ、成功してもやはりズルイのだ。私たちは、社会に属し集団生活で上手くやっていくにはズルイ事はせずにひたむきにする努力を見せる必要があり、それらの汗に勝るものは無いと教えられてきた。その傾向はこの界隈にも見受けられ、例えば多くの支持がある著書『投資苑』にはこんな文節がある。

*********

・成功するトレーダーのゴールは最高のトレードをする事です。
・あらゆる分野におけるプロフェッショナルがどのように振る舞うのかを思い浮かべてください。良い先生、医者、弁護士、農家、その他プロはおカネを儲けますが、彼らは仕事中に決して銭勘定をしたりしないのです。
・おカネは結果としてほぼ間違いなく後からついてくるのです。

*********

投資で稼ぐには決してカンタンではなく、日々の積み重ねが大事だ。的なノリ。

上の表現にあえてツッコむのなら、
医者が患者の命を優先するようにトレーダーは利益の確保や危機管理を優先しなければならないんじゃないか。成果より行いを重視し、トレーダーの仕事が良いトレードをする事だというのなら、医者は患者の命より良い手術を優先しなければならない。それこそ手段が目的となっているのではないか。手段の目的化とは、本来他の成果を得るための手段である行動について、その行動をとること自体が目的となってしまうことだ。

分析が目的ならアナリストにでもなればいい。おカネは結果として後からついてくるのだから。

そもそもトレードに模範があるかの様な前提を疑問に思う。
その模範がハッキリと分かれば私たちはこんなに苦労しただろうか。多くの人があらゆる情報を求めると共に、多くの情報源(商材・書籍)が乱立しているのが現状だ。需要があるから供給があるのは当たり前だ。つまり、この『投資苑』が存在する事自体、トレードにあるべき姿など無いのを証明している

このようにそれ相応の努力が稼ぎに繋がるという信仰はこの界隈でも同じ事だった。
「努力は評価されるべき」だから「稼ぐには努力が必要である」または「努力をしなければ稼げない」という「〜であるべき」から「〜である」への飛躍。考えれば考えるほどよく分からない。

こうして多くの人は信じる道を敷かれているのかもしれない。本を読んだり他人から教わるなど、知識を得るのはそれほど難しい事ではない。しかし自分で考えるとなると、天才でない限り、基礎知識の上に創造というさらなる労力が必要となる。
でもこう考えるのはどうだろう。稼ぐには努力が必要である。いや、努力をしなければ稼ぐことはできないのだ。

 

私個人の意見。
経済は長期で見るほどモヤがかかり読みにくいと思っている。中央銀行のトップですら道を踏み違える事も多々ある中で、一個人の私が読めると考える方がおかしい
投資の神様と称されるウォーレン・バフェットも10年、20年後に必要そうなモノ(事業)を買っていると言及しているが、情勢を読むだとか経済政策には殆ど触れていない。

はるか将来の需給を読むのはもはやスピリチュアルの世界であり、その才能を持っているかどうかはそれこそ運なのだと思う。そこを努力で補えるなら、真面目な日本人が誰一人バフェットに敵わないというのは考えにくいワケで、私にとっては投資とはそういう位置づけになる。

 

対して投機はどうなのか。
投機のアプローチも様々だが、「相場を読みつつ回転効率を意識する」が多数の意見だと思う。相場を読むとはマクロ的に政局を読んだり、テクニカルによって「分析」「検証」にて、より精度の高い相場予想をするもの。環境認識とも言う。

回転効率を意識するとは確率的収束に則ったもので、ソレを続けられるマインド、もしもの事故に備えたリスク管理などを徹底するもの。
上か下か、ほぼ50%に収束する的中率を1%でも2%でも上げるにはいくら時間が掛かるのか、そんな事は誰にも分からない。エントリーのチャンスは無限のように語られるが、時間は有限なので決して無限ではない。投資家といってもサラリーマンと兼業している人が多いと思うので尚更だろう。

情報量が多すぎるこの界隈では完ペキ主義では思うように前に進めず、私たちは何を学ぶ必要があるか常に考えなければならない。この事から「相場を読みつつ回転を上げる」をブレンドした所に着地した。おそらく殆どの人が。

もしもの有事から身を守る為のリスク管理への理解は、短期で動く投機家も長期の投資家とさほど変わらない。
また投資家に陥りがちないずれ価値を戻すだろうとリスクを許容できてなかったり、価値がゼロになるリスクを見落としたまま配当や金利を計算するなどといったものが投機では考えにくい。そんな事をしていれば明日にでも市場から退場できる。

そうならないためにも、自分にできる事をしっかりこなし、後は運頼みというのが私の考える投機家のあるべき姿。

 

運頼みといえばギャンブル。

たまに「自分がしているのはギャンブルではなく投資(投機)だ」と相場をパチンコや競馬などと分け隔てようとする人がいるが、投資と投機の場合と同じく、リスクを許容しなければならないという点で両者に違いはない。各国の金融政策を追ったり政治(企業)分析を図ったりなど、小難しそうな事をしていても本質的な所では何ら変わりない。

ソコを分別してしまう人はそんな生真面目さが仇となってリスクを受け入れられていないのかもしれない。市場分析でも絶対に近いものを追い求め、多くの時間と資金を浪費している可能性も高い。

対して、ギャンブラーと自称する人ほど予想を外しても「まあこんなもんか」と次の取引に集中できているというパラドックスが現実に起こっている。

今自分がしたいのは何なのか、利益を求めるのか、分析したいだけなのか改めて問いたい。

遅い結論となったが、私の中ではリスク管理の観点から投機家は投資家でもある。そして、それらはギャンブルと本質的な所では変わらない。わざわざ分けて考えるとヘタな思い込みにも繋がるので私にとってはどっちでも良い事。

ただし色々な考え方があるので、投資と投機、そしてギャンブルを完全に区別する人が居ても、ソレを否定する気はない。
「絶対ないは絶対ない」とも言い切れない。絶対はあるかもしれない
何かを断言する事こそこの考え方を否定するものになるので、上で主張したのは全て私の一意見である事を最後に記しておく。

 

トレードのスタイルは変わりつつある

電器屋のようにモニタを並べ鬼の形相で睨みつけるトレーダーは今や過去のもの。

じゃあなんだ、スマホトレード?シグナル配信?

"彼ら"はそれすらもう古いと笑うだろう。私は現在市場に出回っているというある噂を入手する事に成功した。今回はその一部に出回っていた極秘情報を展開する。

さっそくご覧頂こう。

この書き込みに何度か出てくる"壺(つぼ)"に鍵がありそうだ。それも彼の口からハッキリと「これからのトレーダーの基本スタイルだろうな」と述べている。

一見、トレーダーと壺に関係性は感じられないがインターネットで検索してみると・・・・

あった!!

やはり噂は真実らしい。

この後も証拠は次々と現れた。

どうやら「叫びの壺」というらしく、この壺を口に当てて叫ぶと声が閉じ込められ、周りにはほとんど聞こえないらしい。

トレードには損失がつきもの。
その度にトレーダーはモニターを何枚も叩き割ったり近くに居たネコをぶっ飛ばしたりしてきた。そんな過ちは二度と犯してはならない。
これからはこの「叫びの壺」に怒りをぶつける事で経費をグッと落とす事も可能だ。救われる命もあるかもしれない。
初めて目にした方はぜひお買い求めよ。

 

またサラリーマン投資家(兼業トレーダー)であれば、出勤の際にこの壺に書類などを入れれば荷物の軽減にもなる。オススメは水筒入れだ。

実使用にあたっては、仕事中に悪材料のニュースなどがあり、社内のトイレに駆け込む時なんかに持ち込めばいい。しかし「おめえ、これに用を足すのか…!」となりかねないので注意が必要だ。

 

価格。
トレーダーともあれば気になるのはやはり価格。長年相場を張ってきた者達がこんな物を高値で掴むワケにはいかない。という事で調べてきた。

叫びの壺/JPY

rate :5122yen
high :10244yen
low : 4980yen
open : 5×××yen

ハッキリとした情報は掴めていないが、8年程前から市場に出回っているようだ。高値圏はおそらく”板”でいう見せ玉だろう。という事はチャート的にはほぼ横ばいと予想する。安値をつけた時期によってはブレイクの途中とも考えられる。トレンドは今どこにあるのか。

しかし、時期を待たずに生産元が生産量引き締めに入るとレートの上昇は免れないだろう。また、近頃の暗号通貨市場の高騰で資金が潤沢になった投資家がリスクを取りにくる(買い占める)可能性も否定できない。当サイトではここら辺りで「買い」シグナル点灯とする。4980台では再び買い意欲が見られるか。

 

記事を作成している途中でこんなものを見つけてしまった。

中古て。嫌すぎる。
見知らぬ人の唾液や悲痛でいっぱいの壺なんか誰も要らないだろう。肝心の「未使用です」が表記されていないとこうも不安になるとは。しかも「価格(ask)1580円」に対して「買取価格(bit) 650円」はスプレッドが広すぎる。これに手を出す投機筋はやはり玄人か。

 

実需に関して。
これを使えばどこでも叫ぶ事ができる。トレーダーだけにとどまらず、疲れた現代人にはこれから必須になるのではないか。例えば、電車などの公共施設でも突然叫べる。うるさい迷惑からキモイ迷惑になる。
また、少し前には母の日があった。ギフトに、この壺に花を生けてプレゼントするのもアリかもしれない。叫びの花だよとでも言えばいい。しかしながら、使用においてはまだ未知数な部分も多い。

 

おまけ

壺にしては安価なようだ。
割安というだけの理由で買うのもアリ。

ワンチャンスを狙って査定に出すのもアリ。
現在レート5122円を上回るようであれば十分な優位性を確保できるのではないか。テスターを使って検証してみるといい。ココだけの話だ。

この記事を書くためにAmazonのアフィを登録してきた。長い間放置してきた収益化をここで一歩前進させる事ができた。拍手👏